有森裕子杯、人見絹枝杯山陽女子ロードレース大会が、12月21日に開催されました。開会式で有森さんは「選手の皆さん、この舞台をチャンスと捉えて、挑戦してください」とご挨拶。移動中継車から解説する私は、伊澤菜々花さんに注目していました。
34歳の伊澤さん、夏の大会で、3千mと5千mの自己ベストを更新。10月のプリンセス駅伝でも花の3区を走り、13人のごぼう抜きを。勢いが止まりません。その根底にある山あり谷ありの競技人生が魅力的なのです。
伊澤さん、豊川高校時代はインターハイ3千mのチャンピオン。全国高校駅伝も3年連続区間賞でした。まさにスーパー高校生。順天堂大学に進んでからも世界ジュニア世界選手権に出場するなど活躍。しかし、実業団では入部早々に疲労骨折し実績を上げることなく、選手を引退。母校の大学院で勉強し、3年間陸上部のコーチをしたのです。
でも「やり残したことがある、日の丸をつけてマラソンを走りたい」と。弘山勉さんが監督に就任したチームに入りました。その時伊澤さんは32歳。「妻(弘山晴美さん)は37歳の時、名古屋ウィメンズで優勝した。全然遅くない」と弘山さん。その出会いは運命的だったのでしょう。
この日、レースがスタートすると、ケニア勢3人の選手が速いペースで先頭を引っ張り、そこにピタリと着いた伊澤さん。気迫が感じられましたが、競技場を出た所で転倒。先頭からかなり離されました。でも後半グイグイ追い上げて4位に。ゴール後、「レースで転んだのは初めてです。これも経験。次は転ばないようにします」と、伊澤さん。清々しい笑顔が印象的でした。転んだら何かを掴んで立ち上がる、伊澤さんの人生そのものです。
(共同通信/2025年12月22日配信)