岩手県盛岡駅からレンタカーで約1時間、秋田県鹿角市へ。7月25日、「浅利純子杯争奪第20回鹿角駅伝」へゲストとして参加しました。10回、15回大会に続いて3回目。10回大会の時は小学生と幼児だった純子さんの三人の息子さんが、大学2年、高校2年、中学3年生に。時の流れを感じます。
純子さんは、1993年世界陸上シュツットガルト大会(ドイツ)の女子マラソンに出場しました。私は引退直後でスポーツライターとして駆け出しの頃。彼女がダイハツ陸上部監督の鈴木従道さんのもと取り組んでいた、高地合宿やイメージトレーニングが斬新で、ワクワクしながら密着取材をしたことを思い出します。
レースは純子さんがずっと先頭集団にいて、金メダルを獲得!お陰で私は、取材したことを次々に紹介することが出来ました。すると、翌日「増田明美さんの解説にも金メダル」と、映画監督の大島渚さんがテレビで言ってくださったのです。私にとって純子さんは幸運の女神!
さて、駅伝はクロスカントリースキーのコースを中学生が1区間1.8キロ。小学生が1.1キロ。5人が襷をつなぎます。純子さんの母校の花輪小、花輪中はもちろん、岩手県、青森県からもクラブチームや学校の陸上部が集い、63チームが参加。急な上り坂を走る子どもたちに、「諦めちゃダメだよ」「しっかり腕を振って」と声をかける純子さん。夫の高橋さんも走り回って運営のお手伝いをしています。先生方も一所懸命サポート。大会が子どもたちの強化につながっていることを肌で感じました。
純子さんは教育委員会生涯学習課で、ほぼ毎日小学校で授業を補助するお仕事もしています。自分にとこん厳しかった彼女の故郷愛が素晴らしいです。
(共同通信/2026年7月27日配信)