七夕の日は、永六輔さんの命日です。2016年に旅立たれて、今年で10年。早いなぁと感じますが、私の中で永さんはずっと生き続けています。よく一緒に歩かせて頂きました。「歩くことも旅です!」と言われていた永さん。好奇心旺盛な方で、毎日旅をしながら沢山の情報を仕入れて楽しんでいらしたのだと思います。
横浜で講演があった日、会場の5㎞手前で電車を降りて、歩いて会場に。歩きながら目にした風景の感想からお話しは始まりました。壇上へは上がらず、お客さまと同じ視点で、しかも講演の30分も前から着席している人たちへ向けてお話しを始めるのです。そのサービス精神と、見た風景を言葉にして匂いも伝え、話しを発展させる永さんの話術、話芸に驚いたものです。
12月14日の討ち入りの日には、「今日は四十七士の気持ちになって歩きましょう」と両国から泉岳寺まで歩きました。銀座には煉瓦の建物だけでなく、路面に煉瓦が敷かれたところがあってびっくり。2人で裸足になり煉瓦の感触を味わいました。思い出すと、口元が緩んでしまいます。
また、「明治の初期に軍楽隊が入ってくるまで、私たちはなんば歩きをしていましたよ」と永さん。えーと私が驚くと、弁慶の飛び六法の絵にもそれが表れていると話しをしてくださったのです。「私たちの遺伝子になんばは組み込まれていますから出来ますよ」と言って、右手右足、左手左足のなんば歩きで皇居を一周したこともあります。あの時は少し、恥ずかしかったなぁ。
天国の永さん、お元気ですか?今も私、たくさん歩いて旅を続けていますよ。永さんのように、足の裏がキョロキョロと目になっています。
(共同通信/2026年7月17日配信)