8月中旬、別府市の太陽の家で東京パラリンピックの聖火になる「別府おもいやりの火」採火式が行われました。私はこの採火式にゲストとしてお招きを。幸せを感じたのは、太陽の家の敷地内に立つ中村裕さんの銅像がずっと採火式を見守っていたことです。お医者さまでいらした中村さんは、日本のパラスポーツの発展に努め、日本パラリンピック父と言われています。1964年の東京パラリンピックでは選手団長も務めた方。
採火式では、火のおこし方が画期的でした。中村さんが1975年に大分でフェスピック(現アジアパラ競技大会)を開いた際に聖火を採火したレンズを再び使用。そのレンズを安川電機が作ったヒト協働ロボットがセットし、人との共同作業で採火したのです。「人とロボットが協力し合うのは未来の姿です」と、太陽の家の山下達夫理事長がご挨拶。この日、太陽が雲に隠れていたため、事前に晴れた日に採火したビデオを流し、種火をロボットがトーチを運んで点火。その動きは人の腕のように滑らかで、正確でした。
眺めながら、パラ陸上の車いすや義足の技術革新も年々進み、人との一体感で競技力が向上していることを思いました。競技場の中に車いすや義手義足の選手、視覚障がいの選手たちがいて、皆それぞれに魅力的。自然と多様性の素晴らしさ知ることが出来ます。
日本各地で集められた聖火は、パラリンピック発祥の地、英国ストークマンデビルから運ばれた聖火と東京で一つに。中村裕さんはストークマンデビル病院に留学し、グッドマン博士(パラリンピックの父)に師事した経験も。未来を照らし続けた2人の心の炎が、東京パラリンピックで燃えあがります。
(共同通信/2021年8月16日配信)