草原駆けるような走り
弥生の青空が広がった3月1日、東京マラソンで見事自分の持つ日本記録を塗り替えた大迫傑さん。私は都心を臨むテレビ局のスタジオで解説しましたが、大迫さんはまるでアフリカの草原を走っているようでした。今までのマラソンにはない、自由自在な気まぐれさを感じたのです。顔にも体にも、そして心にも余分な贅肉がない大迫さんの目は、獲物を捕らえるヒョウのようでした。
レースはアフリカ勢を中心に2時間3分台を狙う先頭集団に井上大仁さんと大迫さんが付いて進みました。日本記録(2時間5分50秒)をターゲットとする第2集団に設楽悠太さんら多くの日本選手が。大迫さんは15km手前で第1集団から遅れ始めたのです。そしてどんどん井上さんとの距離が離れ、25km地点では移動中継車から「差が計れないほど遅れています」とアナウンサーが諦めムード。30km手前、隣で解説する瀬古利彦さんが「井上くんに落ちる要素がありません」と言うから、勝負あったり!と思いました。
ところが、大迫さんは30kmの給水後にペースを上げ始め、32kmで井上さんに追いつき追い越し、前をどんどん追い上げたのです。私は思わず「今まで死んだふりをしていましたね」と言ってしまいました。ハイペースで内臓も無理をしたのでしょう。険しい表情で脇腹を押さえる仕草もありましたが、日本新記録でフィニッシュ!その顔は阿修羅のようでした。人には言えない様々なものを乗り越えてきた人の顔。
ケニアでは草原や土道のアップダウンを常に走っていたそうです。「生きたヤギや鶏を料理して食べました」と大迫さん。ワイルドな生活がワイルドな走りを生んだのだと思います。
(共同通信/2020年3月2日配信)
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